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日本の地味なセラリカ構想ヘの、世界からの大きな共感
1600年 野田家初代野田仙長のミステリーについては、大仏次郎賞作家、中薗英助氏( 2002年 逝去)が小説 "南蛮仏" にて、野田家の初代野田仙長と戦国大名筑紫広門、さらに筑紫広門と戦国時代の代表的なキリシタン大名大友宗麟、有馬晴信との深い関係を指摘。
1832年 上杉鷹山の米沢藩改革("漆の実の実る国"藤沢周平に詳細)と同様に、江戸後期大塩平八郎の乱が起きる最も困難な天保大飢饉時、藩政建て直しを目的として、有馬藩(福岡県筑後地区)に木ロウを納入する為、野田家八代目野田常太郎が製蝋業 野田製蝋 を創業。
1974年 台湾南部に、農民も処理に困っていた規格外のタマネギ等、未利用資源を利用し、現地の人々と共に豊かになる野田家の家訓にある「利他理念」に基づく野菜エキス加工食品会社 森森食品工業(株)を設立、開業。
1985年 日本貿易振興会(JETRO)の動植物ロウ輸入促進プロジェクトに参画。その後中国、メキシコ、キューバ、ブラジル等動植物ロウの原産地を視察。
動植物ロウ生産が、貧困地区からの脱却に有用であると各国政府が強力に支援していることを実感。
1987年 キューバよりロー砂糖省副産物局長以下3名のミッション新たな天然ロウ開発での当社訪問を目的に来日。
1990年 生命ロウによる関わるすべての人々を豊かにする生物産業創造を目指した「セラリカ構想」を提唱。
1992年 日本木蝋商工業協同組合の委託を受け、木蝋に取り組む日本の若き後継者育成の目的で日本相撲協会の全面協力を得て、後に横綱となる若花田、貴花田の写真入の木蝋振興パンフレットを完成。
1993年 農林水産省昆虫利用産業技術開発事業に参画。昆虫を「生かす」発想での研究開始。
  中国林業省徐有芳林業大臣にハゼの実を進呈。その後中国各地に植林。
1994年 中国林業科学研究院と民間初の国際研究契約である「貝殻虫・雪ロウ」日中共同開発研究契約を締結。
  セラリカ構想に共鳴された、ブー・テン・ファン ベトナム科学アカデミー会長(日本ベトナム友好協会会長)主催のセラリカセミナー(国立バイオテクノロジー研究所長等国研所長クラスが参加)をベトナム、ハノイにて開催。
  マレーシア、シンガポール政府高官も「セラリカ構想」に共感し、東南アジアでの実践について打合せのために来日、来社。
1995年 セラリカNODAへ社名変更。北京体育大学 田副学長、中国林業科学研究院 張常務副院長、資源昆虫研究所 候所長の講演による新創業記念シンポジウムを東京のホテルニューオータニと、つくば市のつくば研究支援センターにて開催。
  気功、太極拳等伝統的な中国の健康法の最高レベルの学者、実践等による記事を中心として、北京体育大学と共同での、数少ない中国政府認可の日本語雑誌「中華健身術」創刊。
  日刊工業新聞社創立80周年記念事業の「21世紀ものづくりシンポジウム」、「中小企業国際シンポジウム」にてセラリカによる「生物産業」創造を講演、提起。
1996年 「中国における天然ロウの開発試験事業」が国際協力事業団(JICA)の開発融資事業に選定。JICAのカタログにも中国での代表的な林業事業として取り上げられる。
  国連大学「ゼロエミッション」発刊記念フォーラム(デソウザ国連大学長、F.カプラー、G.パウリ参加)にて、昆虫を利用した生命ロウ=セラリカによる「生物産業」を提起。本質的なゼロエミッション事業として注目される。
  北京公司創業記念で中国No.1の科学技術新聞である科技日報社がセラリカ構想に共鳴し、弊社と共催の中国初の環境広告セミナーを北京友諠賓館にて開催。
  中国歴代皇帝がその水を愛用した、中国北京、玉泉山地区に本格的な茶室と日本庭園を持つ美しい北京工場開業。
  NHKテレビ50周年記念「もう一度見たいあの番組」で人気No.1の日中共同合作ドラマ「大地の子」で養父役を演じた、朱旭氏がセラリカ構想に共感し当社顧問となる。
1997年 セラリカ構想のアジアにおける実践活動に対して、日刊工業新聞社より第14回国際貢献者賞(平岩外四経団連名誉会長が審査委員長)を受賞。
1998年 中国林業科学研究院(江沢恵院長、江沢民国家主席の妹)40周年記念式典に、日本の民間企業では唯一招待を受け、国際シンポジウム環境部会の座長に指名される。
  中国で民間初の博物館、古陶文明博物館の顧問に就任。
1999年 国際養蜂協会(APIMONDIA)の協力により、国際養蜂史上初のセラリカ世界NO.1蜜ロウコンテストを実施、授賞式を中国北京にて開催。(歴代の中国農業科学院蜜蜂研究所所長参加。)
2000年 セラリカコーティングが、iモード等と共に新領域部門で塗料史上初のグッドデザイン賞を受賞。外見的なデザインではなく、植物成分100%の製品を使う事により、途上国の環境も向上させ、室内環境も向上させる一貫した理念が21世紀のライフスタイルとしての新しいコンセプトデザインとして評価される。
  森を増やすことによって貧しき人々の生活を向上させるセラリカ構想に共感し、その考え方こそ真に仏教的であると認めて頂き、中国仏教協会が慈善的実践活動を植林活動に集中、又、茶道裏千家淡交会 北京同好会相談役にも指名される。
2001年 開宗750年目を迎える本社近くの星下り本山妙純寺の酸性雨で汚れた日蓮上人銅像をセラリカコーティングで磨き上げ、美しく蘇えり、TV番組で放映される。
  生物産業の先駆けとなるセラリカコーティングの環境先進性を評価頂き住友商事環境レポートに2年連続取り上げられる。
2002年 激動の19、20、21の3つの世紀に時代の変化の中で、お客様に信頼頂き続けて170周年を向かえ、長寿企業としても注目される。記念事業としてシンボルツリー「櫨の木」を中心に本社・工場のリニューアル実施。
2003年 ニッポン放送 朝のラジオ番組で「自然素材で日本の森を復活させよう」というキャンペーンCM放送。
  建築基準法の改正、厚生労働省の室内空気の指針値の制定等国のシックハウス、シックスクール対策が進む中、国土交通省の国としての基準値を制定した。
その中で、ホルムアルデヒド「不検出」という素晴らしい評価を得て、自然塗料、油性塗料初の大臣認定最高等級F☆☆☆☆をセラリカコーティング・ピュアが取得した。
2004年
ロンドン軍縮会議全権、元首相若槻礼次郎氏の机を東京ビックサイトの展示会で発表し、日経産業新聞他で大きく取り上げられる。
2005年

日本環境倶楽部環境セミナーにて東洋学園大学 朱建栄教授と共同で、大変困難で重大な中国の水問題を提起。

100万人のキャンドルナイト(700万人参加)にて、加藤登紀子、一青窈(ひとと よう)等と共に呼びかけ人となる。
2006年
東北大学大学院 大滝精一教授の「経営革新への挑戦」で、天然を現代に生かす21世紀的経営革新のモデルとして取り上げる。
大宅賞作家 野村進氏が、雑誌「野生時代」で「千年働いてきました(日本の不倒企業)」に古い歴史を持ちながら、宇宙人のようにユニークな会社と弊社を取り上げる。

雑誌「室内」最終特別号、「人物登場」あの人あの時、に取り上げられる。

 

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